刑務所から帰ってきた男




八百屋の主人「いやぁー、随分といっぱい買ってくんだなぁ…。
       嬢ちゃん、学校の行事か何かかい?」


瑞希「…あ、ちょっと友達同士で…」

八百屋の主人「へぇーそうかいそうかい。
       そんならこれ、オマケしとくよ!!」


瑞希「?あっ、ありがとうございます!!」

八百屋の主人「まいどー!!」



 7月のある日 

梅雨が明け、気温は増し、こよみ通り季節は確実に夏に近づいてた。


そんな中、夏の到来を待ち侘び、心躍らせている世間の若者達とは対象的な者達がいた。

そう、来たるべき巨大即売会“こみっくパーティ”に参加する為、

日夜ペンを走らせる、幼馴染の和樹とメンバーの大志、

それに即売会場で知り合った仲間達である。

そして彼らは今まさに、それぞれの活動に情熱を燃やし、励んでいる真っ最中だった。

今日は、それを見るに見かね、連日続く活動でろくな物を食べてない彼らに対し、

手料理を振舞うため、瑞希は商店街へと足を運んでいたのだ。

瑞希「うん!これならみんなも喜んでくれそうね…」

てきぱきと買い物を済ませると材料を両手に、和樹たちが集まるマンションの方に向かう。

瑞希は道中、彼らとの出会いや出来事を一つ一つ思い返していた。

最初は全く理解出来なかった事も、和樹のためだと我慢していたが、

皆で行動を共にして行くうちに、徐々に打ち解け、協力し合い、

破天荒かつ個性豊かな彼らの中で、もはや瑞希は無くてはならない存在になっていた。

そして今も、『また、みんなの役に立てる』

そんな思いを胸に抱きながら重い荷物を手に、瑞希は一人笑顔で道を歩いていく。


充実したキャンパスライフ、新たな出会い、

そして幼馴染に対する、胸の内に秘めたるその思い。

まさにそれらは、青春と呼ぶに相応しかった。



だが瑞希には、決して忘れてはならない事が一つだけあった。


それが、どれだけ幸せのまっ最中でも…

それが、どれだけ忘れてしまいたい出来事であっても…

そして、どれだけ時を経ていようとも…

そう…これからは違う…今年からは違う…


何故なら今年は
アイツが帰って来る年だったからだ。



あれから約30分後…。


瑞希は目的地である和樹のマンションの、すぐそばにまで来ていた。

瑞希「…?」

その時だった、瑞希は背後に、ある気配を感じる。

最近、少し気になっていた事があった。

瑞希は数日前から、なぜか車体や窓が全て黒塗りの同じ型のワゴン車を、

近所や街中などで頻繁に見かけるようになっていた。

朝など、あまりによく見かけるため、当初は自分の住むマンションに越してきた住人かと思っていたが、

先日は普段通っている大学の目の前でもその姿を目にした。


ブーーン…。

そして今度は、人っ気の少ないこの狭い路地を、瑞希の後を着けながらゆっくりと走っている。

今まであまり気にしていなかった瑞希も、自宅から離れている和樹のマンション付近にまで

現れたこの車に対し、さすがに不信感を抱かずにはいられなかった。


瑞希「この車…」


瑞希がその車を凝視していると、それに気付いたのだろうか?車は徐々にスピードを上げて行く。

そして瑞希と横並びになった瞬間、何の前触れもなく唐突にその扉は開いた。


ガチャッ!!

瑞希「!?」

???「おい!!…お前、高瀬瑞希だよなぁ?」


一人の男が助手席から降りながら、いきなり瑞希に話しかけて来る。

その男の風貌は、夜の街に潜むゴロツキやチンピラのようで、口調もどこか高圧的だった。

瑞希「えっ!?」

瑞希は突然の出来事に気が動転しつつも、恐る恐る男の問いに答える。

瑞希「そ……そう…ですけど…?」

???「へへっ…」

ゴスッ!!

瑞希「お゛!!…っぐ……ぶ…」


名前を名乗った直後、瑞希の腹部に今まで一度も味わったことのない、重い激痛が走る。

その男は、目の前の女が瑞希だと確認すると、いきなりその腹を殴打して来たのだ。

そのあまり痛みに白目を剥いて気絶し、道路に倒れこむ瑞希。


???「拉致っぞ!!」

ガラララッ!!


男の合図と共に、後部座席から仲間と思われる数人の男達が飛び出し、

あっという間に瑞希を担ぎ上げると、手際よく車内に押し込み、

そのままどこかへ走り去っていった。

その手馴れた手つきは明らかにプロの犯行であり、

男が瑞希と顔を会わせた時から、連れ去るまで、ものの十秒たらずしか経っておらず、

ただでさえ人通りが少ないこの場所に、目撃者など誰もいるはずはなかった…。